カテゴリ: 毒親

672: かわいい鬼嫁ちゃん 2016/02/16(火)12:06:22 ID:84X
うちの母親はちょっと頭おかしかった
どのぐらい頭おかしいかというとOL時代に後輩さんを精神的に追い込んで退職させたことをドヤ顔で自慢するぐらい
後輩さんへのいじめの内容も、ゴミの浮いたお茶を上司に出して後輩さんが淹れたって嘘吐いたとか報告すべきことを報告したって嘘吐いて実は報告してなかったとか迷惑なことばっかり
私が直接知る限りでもクズいエピソードは数えきれない
真っ昼間に子供が公園で走ってるだけでうるさいだの静かにしろだの若いお母さんに説教
砂場にいた幼女を蹴っ飛ばす
わざわざ女子高生に近寄っていって邪魔って言ってぶつかる等々…

郵便受けに真っ赤な字で「死ね死ねしねry」って100個ぐらい死ねって書かれた紙切れが入ってたことがある
父さんは温厚な人だし当時私もお姉ちゃんも小学生だったから心当たりは母親関連しかない

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334: かわいい鬼嫁ちゃん 2016/01/27(水)22:30:02 ID:OVc
元父は苦手なことも頑張って克服すべきという考えの人で、初めは苦手な食べ物を食べられるようになろうといった程度でした。
それがだんだんエスカレートしていき、私達子供にはホラー映画や暗闇、馬の合わないクラスメイトと友達になれと口うるさく言うようになりました。
母には、夫婦水入らずで〇〇県の△△公園に行こうとしつこく誘うように。
△△公園は、母が幼少期に凄まじい虐待を受けて真冬に捨てられた場所。要するに母のトラウマ。
誘い方も殺意がわくレベルで、お前の人生のターニングポイントである△△公園へ行こう!捨てられたという嫌な思い出を良い思い出に塗り替えよう!とニコニコしながら誘う。
普通に小学生の息子や娘がいる前で誘うから、小学生の時点で母の虐待を知ってしまった。

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820: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/03/23(月)23:39:06 ID:rRK
父親に「お前の部屋に監視カメラを付ける」って言われたこと。
14歳から10年以上にわたり、思い出す度に言われる。
本人は当然の行為(娘が可愛いから云々)だと思っているらしく、それに対して「気持ち悪い」等と言えば
「お前は冗談も分からない女だ!」と不機嫌になる。殴られそうになったこともある。
ほぼ同時期に胸の大きさや下着の柄、生理についてなにかと毎日聞かれ続けたこともあり
もしかしたら父親は自分の身体を…?いやまさか…とかなり真剣に悩まされた。
自室には鍵も無かったので毎晩夜が怖かった。

今になっても理解できないし、理解出来た所でどうも出来ないからどうにかしようというつもりもない。
本人はあくまで娘可愛さに言っている「つもり」だから諭しようもない。

そしてもう一つ衝撃的だったことと言えば
父親に対して性的な嫌悪感を持つ自分は被害妄想が激しいと思い込んだ結果、
18歳くらいで友人に話しをするまでそれがおかしいことだと気付かなかった、ということ。
2人にふっと話してドン引きされ、漸く理解出来た。

さすがにこの話は彼氏にはしていない。出来ない。あまりに酷すぎてとてもじゃないけど話せない。
なんでも話して欲しい、と言われてるけど、墓場まで持っていかなきゃと思っている…。

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117: かわいい鬼嫁ちゃん 2016/01/18(月)21:38:49 ID:irv
吐き出したくて来ました。
いい年をしたおばさんの愚痴や後悔混じりの話しになりますがお付き合いください。
弟が○殺した話なので不快な方は読み飛ばしてください。

私はいわゆる毒親の元に生まれた。
両親は典型的な田舎の長男教で、長男以外はいる価値がない。
むしろ、家計のためにはいないほうがいいという考えの持ち主で、男ならまだしも女は猫といっしょでガキを作るしか能がないと常々言い続けていた。
そんな親は三つ下の弟を異様に溺愛したが私のことは徹底的にイビリ続けていた。

召使いのような扱いを受け、毎朝5時に起きて廊下の雑巾がけをしなければ箒や棒のようなもので打たれた。
食事すらロクに与えてもらえず、両親は自分たちが食べ残した物を私に投げてよこした。空腹に耐えきれず、投げつけられて落ちた物を拾って食べる私を「卑しい」と罵り、蹴られることも珍しくはなかった。

今でこそ開けてきてコンビニや大型スーパーもできたし電車が開通したことで拓けたけれど、私が子供の頃は何もなかった。もしあったら私は万引きしてでも食べたと思う。
子供だった私は飢えに耐えかねて近所の畑を荒し、土がついたままの大根や葉っぱを齧っては見つかって怒られた。
若い人にはピンとこないだろうけど、地元は男優先の男尊女卑が今も根付いている地域で、女だっていうだけで無意味に貶める風潮が少なからずあった。
全員が全員そうだったわけじゃないんだろうけど、閉鎖的な環境で暮らしていたその頃の私は、周囲に助けを求めてもムダだと学んでいた。

毒親に溺愛された子というと、毒に染まったどうしようもない人種だと思われがちだが弟は違った。
両親に食事すら与えてもらえない姉に、弟はよく自分のお菓子を分けてくれた。
見ているところで分けると「弟のものを盗り上げた」と余計にひどい暴力に晒されるので、親が寝静まったころにこっそりと食べずにとっておいたお菓子を持ってきてくれた。
幼いなりに自分の家がおかしいとわかっていたのか、ニヤニヤと笑いながら私をいたぶる両親に何度もやめるように言ってくれた。

でもその当時の私には、弟を可愛いとは思えなかった。
両親の愛情を唯一独占している弟が妬ましかった。はっきり言えば僻んでいた。
私は着古してボロボロの服を着て、暖房も扇風機もない三畳足らずの物置で寝起きしていたが、いつもきれいな服を着ていた弟にはエアコンのついた部屋が与えられていた。
男に生まれただけで何不自由なく恵まれた待遇にいる弟を、妬まずにいられるほど大人ではなかった。
弟のほうは「姉ちゃん、姉ちゃん」と言って懐いてきたがそれすら煩わしかった。
今にして思えば、弟は随分さみしい思いをしたんだと思う。
両親は弟を溺愛していたが押し付け的なところが多々あった。
弟が姉に懐く姿を見て、「弟に色目を使うようなアバズレ」と姉に暴力と暴言を浴びせる親だ。まともではない。
そんな親の愛情を受けたところで弟は辛いだけだったんじゃないかと。

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749: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/03/17(火)15:16:15 ID:hNb
叔母は昔からずっと、私に友達が一人もいないと信じ込んでいた。
近所だしこちらとの家族仲も良好で、年上従姉妹とも姉妹同然で育った。
面倒見の良い叔母だったけど、なぜかそこだけは絶対に譲らなかった。
しかし実際私は部活も委員会も趣味活動もあり友人は多かった。
何度も私両親や親戚が突っ込んだけど、叔母は笑いながら否定してた。

時が経って従姉妹が結婚出産、私も30間近になった。
それでも未だに叔母は何かと言うと「私ちゃんは友達いないでしょ」を
繰り返す。そりゃ学生のときほどでは無いが、信頼出来る友人はいる。
両親はもちろん叔母も他の親戚も私友人とは会った事がある。
それでも叔母は「あの子一人だけが話し相手でしょ」とか
「友人という訳ではないんでしょ」とか言う。それも失礼な事に、
地味目の友人や激しく年上の友人には「あの人だけが友達でしょ」で、
見栄えが良かったり実勢のある友人だと「友人じゃないでしょ」と。
面倒なので毎回一度は否定して、あとはスルーしてた。
それ以外は別に害のない、明るい人なんだけど。

でも、私の結婚式でわりとたくさん友人が来て祝ってくれたのを、
「サクラ?」とか「断れないような事情があるんでしょ」等と言ったので
横にいた母(叔母実姉)が「なんであんたはいつもそう言うの?」と
真顔で聞いた。周りの親戚も、根拠はなんだと聞いた。すると叔母は
「だって私ちゃんに友達がいるなんておかしい」
「友達がいないからいつも(私母)と一緒にお出掛けしてるのでしょ」
「いつも暇そうだし、結婚も遅かったし、おたくだし」
「友達がいるような性格じゃないでしょ」
と、とにかく私に友人がいるようには見えないの繰り返し。
実際は私は普通に学校を出て普通に働き普通に友人と遊んでる。
でも叔母の中では私は「ぼっちのオタクフリーター、母だけが友」らしい。
で「いいじゃない友達がいなくたって、家族と毎日充実していれば。
私ちゃんが友達いるふりするのも働いてるふりをするのも別に
気にならない、みんなそんなもんでしょ、なんでムキになるの」と叔母。

すると側にいた従姉妹旦那が吹き出して「お義母さんそれうちの嫁でしょ」。

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