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940: かわいい鬼嫁ちゃん 2018/02/09(金)12:23:50 ID:YA1
両親が愛情の試し行動を子供相手にやる人で、そのせいか子供の頃から常に「見捨てられ不安」というやつに襲われてた。
いい子でいなくちゃ捨てられる!と思ってた。
勉強も習い事もがんばったし、反抗期なんかなくて、ひたすら親に誉められようとしてた。
結婚してからも、親に誉められよう、夫に義両親に捨てられないよういい嫁でいよう!!と思ってた。
共働きだけど家事に手を抜いちゃ駄目だ、ちょっとくらい寝なくても食べなくても大丈夫、
義実家が来いと言うならいつでも行こう、実家詣でも欠かさない、夫に尽くして尽くして、そうでないと見捨てられる!と思っていた。
そしたら去年、母が急死した。
動脈瘤破裂。助からなかった。
なんでかわからないけど、母のお葬式を終えたら、「見捨てられ不安」が全然なくなった。消えた。
それどころか「別に見捨てられたっていーや」みたいな、変な心境になってる。
夫に嫌な顔をされても義実家から呼び出しがあっても「フーン」としか思えない。
鬱なのかヤケクソなのか、何もかもどうでもいいとしか思えない。嫌われても捨てられても別にいいやって感じ。
夫には「おかしい、精神科に行け」って言われてるけど、行く気がしない。
ていうか夫に対し腹が立ったりウザいと思うようになった。義両親に対しても、ウザいうるさいと思ってる。
どうでもいいと思うようになったらすごい楽になった。
もしかしたら精神科に行ったら何か病名がつくような症状かもしれないけど、もう前の状態に戻りたくない。
今すっごく旅行に行きたい。一人旅したい。
たまってる有給ごっそり取って、七泊八日くらいずーっと一人で温泉にいたい。

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588: かわいい鬼嫁ちゃん 2017/12/31(日) 13:14:41.99 ID:DVzCniOT
厄落としカキコ
親が意味不明な見栄っ張りだったこと長年恨んでた
うちの母親聖心女子大卒、父親慶應卒
母親は自分が慶應だったらもっといい男と結婚できたと思ってたらしく
娘である私は慶應幼稚舎、中等部、女子高全部受けさせられた

中坊の時からなんとなく「女はどんだけ美女でも慶應レベルだと引かれる、MARCHレベルの可愛い子が一番女として幸せ」ってことに気付いていた
だから高校受験で慶應に合格しても学費は青学の付属に入れるよう頼んだ
なのに勝手に慶應に学費を振り込まれた、してやられたと思った
しかも金持ち多くてやたらと金かかる学校なのに服代とか交際費は全く出してくれず
どうせ高校生のガキなんだからすっぴんでもどっかの金持ちが拾うだろみたいな感じ
桁違いの金持ちの娘達に囲まれたせいで金に関するコンプを発症
大学時代はラウンジで働いて全部美容代と服とかバッグ代にしてた

結局親の目論見通りの結婚をしてるような子は
幼稚舎上がりの名家の子達が許嫁の同ランクの男と結婚してるだけ
そういう子たちは元から似たような価値観だから良いんだろうけど私は違うんだわ
大学で某企業の会長の息子とか病院の院長の息子とか色々いたから付き合ってみたけど
最初はみんないいやつぶってるけど、みんな女に弱いバカばっかり
水商売の女に引っかかるのが多いわけだわ
男どもは酔わせたらみんな貧乏な人や学歴ない人をバカにしてた
女も親の金を自分の実力だと勘違いしてる
パパがいなきゃ何にも出来ない粗大ゴミども!
誰もまともに愛せなかったわ

社会人になって数年経ってやっとこんな学歴でも無いよりゃマシか、とか
ブランド物も美容代もそんな要らんなと思えてきた
本当あの見栄っ張りに人生狂わされたわ
今年は実家に帰りません

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664: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/04/15(水)14:52:07 ID:meP
思春期に父が祖父で、母が姉でもあることを知った
産み育ててもらったんだから親への感情は変わらない
これまで通り接していくつもりだけど、自分は一生結婚はしないし恋人も作るつもりはないわ

いやほんと愛情深く育ててもらったし、思い返しても幸福な子供時代だったと思うけど、
知っちゃったときから目の前で繰り広げられる温かい家庭ってものが
うすら寒くて怖くて、食事の団らんも砂を噛んだ味しなかった
愛情が偽物だったっていうつもりは全くないけど、
宇宙に迷い込んで両親がそっくり入れ替わってしまったかのような違和感があって
まだ虐待されてるとかネグレクトされたとか、ひどい扱いを受けてたなら
感情の落としどころがあったんだけど、って伝わらないよね
なんていうか、一般的にいけないことをしてるのに、
何で幸福になってんだっていう自己矛盾というか、
倫理的に厳しかった親への反発じゃないけど、条件反射というか
いや直接被害を受けたわけじゃないから、子供の立場からどうこう言えないし
言いたくもないし、言っても仕方ないというか、ごめん、まとまんないわ
自分の考え方が幼稚なんだと思う

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507: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/03/25(水)12:03:05 ID:WJX
母が亡くなった。
あったかどうかも分からない葬儀には当然参列もしなかった。
小さい時に別れてから一度も会っていないので、どんな顔になってるのかも知らない。知りたくもないけど。
幼少時にあった色んなことを思い出すままに吐き出して、母の事は一切合財忘れたい。
すごく長いです。吐き出しに付き合ってくれる人だけ読んで下さい。
勝手なこと書いてすみません。多少フェイクありなので矛盾があったらすみません。

小学校の1年生の時に両親が離婚して、私は父に引き取られ、2つ年上の兄は母に引き取られた。
両親は元々同じ中高に通っていた同級生同士だったらしく、離婚後それぞれの実家に戻ったので
親が離婚したのに子供は同じ小学校に通って、別々の家に帰るという歪な生活になった。
母の実家は割と裕福で祖父母が揃ってたけど、父の実家は母子家庭だったので祖母だけ。
父は父としての愛情をちゃんと注いでくれる人だったけど、残業や出張が多いから
普段は祖母とふたりっきりの生活。
その祖母はとても厳しい人で、お箸の持ち方が悪かったりすると手をピシッとすぐ叩かれた。
学校からは真っ直ぐ帰れってしつこくて、遊びに行くのはちゃんとランドセルを置いてからって言うし、
子供でも洗濯物を畳んだり、お茶碗を拭いたり、そういうお手伝いをちゃんとやれって言う人だった。
“働かざる者食うべからず”の人。
父が休日になると公園に連れて行ってくれて、祖母がお弁当を作ってくれるのは嬉しかったけど。
でもやっぱり、引き取られるなら母の方が良かったなぁって思ってた。
母の実家は大きな家でお金持ちだったから、お兄ちゃんはいいなぁって思ってた。

ある日、学校の帰りに友達に誘われてつい寄り道をしてしまい、その事で祖母にひどく叱られた。
それで母にすごく会いたくなった。
父の実家と母の実家は、同じ校区の逆方向の端と端って感じだったから3~4キロあったと思う。
それをテクテクテクテク歩いて行った。
やっと母の実家に辿りついて、母に抱きしめて貰う自分を想像しながら玄関に飛び込んだ。
「おかあさん!私子だよ!きたよ!」
そしたら母と母方祖母が出て来て、母の第一声が「何しに来たの」って。
「会いたかったん・・・」って言ったら
「あんたは要らないから置いてきたのに、なに来てんのよ」って言われたんだ。
「あんた見てるとお父さん思い出してイライラするのよ」って。(私は父に激似らしい)
期待とあまりにもかけ離れすぎてて、私爆泣き。

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260: かわいい鬼嫁ちゃん 2017/11/23(木) 18:28:18.55 0
ブスでノータリンのカタワだからと父に二度捨てられたのが最大の修羅場

私が出来た時に本当は中絶する筈だったのに[男]に違いないと父が私を強引に生ませたら女でマトモではない私が生まれた

3歳になっても言葉が話せないノータリンの出来損ない(父談)、とてもマトモに見れない醜い顔、肌はボロボロで汚いと父に忌み嫌われてた。
「ママもパパも姉たんも妹もわたひが嫌いなんだ!わたひがブスでカタワだから」と嘆き
唯一、私のブス顔を真っ直ぐに見てくれる優しい親戚のおじさん(父の兄)一家だけが心の支えだった。
おばさんも姉や妹に内緒でアイスをくれたり従兄弟も気味悪がらずに私と遊んでくれたし
姉や妹みたいに「出来損ないのクズ」と殴ったりしなかったうえ、汚い私に漫画や玩具を貸してくれた

離婚の時にも姉と妹は父と母が欲しがったが、私は「ノータリンで、この家の恥」だからどちらも嫌がり、姉と妹を引き取る事を条件に母に引き取られた

んで10数年父に会わなかったが、ある機会に会う事になった。
あれだけ溺愛され「自慢の子、世界一かわいい」と言われた姉と妹は父に会うのを拒み、母と私だけが父と会った

父の第一声は
「大きくなったな…さすが俺の自慢の娘だ…あのカタワなんかと全然違う」
「これは私子だよ」と母。
「うそだ!カタワの私子の筈がない!姉子だよ!だって私子の野郎は!」
「…お久しぶりです。お父さん、私子です」

父はその後は全く口を聞かず、動物の腐乱死体でも見てるような嫌そうな目で私を見てた。

それから姉と妹に父から手紙が来たり、贈り物が来たりしたが、私には何も来なかったりする(苦笑)

世のお父さんに言いたい
自分の望みとかけ離れた能力、見た目の子が生まれても受け入れる覚悟がないなら子供を作らないで欲しい

(文章が変ですいません
知能は正常らしいのですが、頭が弱いので意味不明だったらごめんなさい)

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