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715: かわいい鬼嫁ちゃん 2018/08/20(月)11:25:16 ID:w8J
夫の実家にお盆の挨拶に行き、お茶を出されてくつろいでたら、縁側に知らない男性が二人立っててこっちをーじーっと見ていた時。
誰?夫の親戚?と思っていたら、義父が「何だおまえら!どっから入った!」と怒鳴り始めたから他人だとわかった。
でもなかなか出て行かなくて、夫に向かって「今晩8時、××に集合だぞ!来い!」と何度も言っていた。義父が「警察呼ぶぞ」と言ってやっと帰った。
あとで聞いたら、夫の中学時代の同級生らしい。「今晩8時に××」は同窓会の集まりのこと。
たぶんカーポートに見慣れない車(夫の車)が停まっていたから、帰省したと悟って庭に勝手に入ってきたんじゃないかと夫談。
その二人は中学時代いわゆるDQNで、夫はだいぶひどくやられたみたい。
だから今でも夫を下に見ていて、同窓会に呼んでイジり倒したいらしいんだけど、夫はもう34歳…
34歳にもなって中学生の感覚のまま、今でも上下関係があると思い込んでる神経がわからない。
夫が「20年もたってるし大丈夫かと思ったが、田舎は時が止まってる。来年から帰省せず両親を招待する」と言ってくれたからほっとした。

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444: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/01/19(月)01:04:05 ID:tHQ
年末年始返上で働いて、今日から7連休につき、ちょっと吐き出させてもらう。

私は20代後半で、既婚で、子供はまだ。
実家は遠方で、旦那実家は同じ都内。
夫の両親はいい人なんだけど、特に姑の私ageが凄い。
ずっと娘が欲しかったとかで(夫は男ばかりの4人兄弟の次男)
兄弟の中で最初に結婚をした夫の嫁(私)をめちゃくちゃ可愛がってくれる。
でも、親戚とか近所の人に、次男くんの嫁子ちゃんはとっても可愛くていい子で
次男くんにはもったいないくらいなのよ~って吹聴するのをやめて欲しい。

だって私、別に自慢されるようなとこなんにもないんだもん。
容姿がいいわけでもない、家事もそれほど得意ではない
稼ぎがいいわけでもない、実家の家柄が良いわけでもない
学歴も大したことない、性格も特別良くないと思う。

姑がやたら可愛い可愛いって吹聴するから、期待値が高すぎるのがしんどい。
だって皆、私を見て「え?」って顔するもん。一瞬だけど。
顔は特徴ないけどまあ並くらいだと思うし、デブでもないから
姑がハードル上げすぎなければ、誰もなんとも思わないはずなんだよ。
でも散々可愛いお嫁さんで~って聞かせられると
少なくとも見た目は可愛いお嫁さんが来たに違いないって思うじゃん周りも。

新手の嫌がらせなのかなって思う程度には性格悪い私だけど
でも姑がそんなつもりはないってのもこの一年ちょっとでなんとなく理解してる。
もうほんと眼科行って欲しい。
私全然可愛くないし、特に出来た嫁でもないですから!

これから夫の兄弟達が本物の可愛いお嫁さんを連れて来たらどうなるんだろう。
姑の目が覚めて、私なんか可愛くもなんともないわって理解してくれるのかな。
早いとこ嫁ageの対象が夫兄弟の奥さんに移って欲しいと思ってるけど
比べられるようになったらそれはそれできっついのかなー。

姑が私を可愛い可愛い言うたびに、後で夫が
「嫁ちゃん、可愛いって言われるたびに顔ひきつってるw」って笑うのも地味にキツイ。

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663: かわいい鬼嫁ちゃん 2018/08/17(金)22:47:07 ID:zm9
10年前、10歳、8歳、4歳の子供がいたのに
「好きな人が出来た。今思えばお前のことは元々好きではなかったのかも。
人生は一度きり。彼女とやり直したい」と勝手なことをほざいて出て行った元夫。
そんな酷い言葉を吐かれて、だったら何故3人も子供をもうけたと笑うしかなかった。
大した額でもない養育費(3万×3人)も一年ほどで途絶え、連絡も取れなくなった。
幸い仕事はあったし周囲の助けもあってどうにか暮らしていたが
父が亡くなったのを機に実家で母と同居を始めたのが2年前。
そしてこのお盆に元夫が共通の友人だった人経由で面会を求めてきた。
会いたくなど無かったが、しつこく来られても困るしとりあえず
友人の立ち合いを条件に指定の店に行った。
やり直すことはできないだろうか、子供たちと暮らしたい、
許してもらうわけにはいかないだろうか、ってどの口が言うか。
好きな人とは成就できなかったみたいだ。
別れてすぐにフラれて、この10年近くの間後悔の連続だったとか言われても
私だけならまだしも、養育費が途絶えたってことは子供も見捨てたってことだろうよ。
やり直せると思ってるならお目出た過ぎて笑ってしまう。
どんな神経してんだ。ふざけるな。
「やっぱり無理か」って当たり前じゃないか。
仕事をしてるのかしていないのか何も分からないし知りたいとも思わない。
憐れなぐらいみすぼらしい恰好で多分ロクな暮らしが出来てないんだろうと思う。
だとしたら、戻ってきたがる理由も穿って考えてしまう。
何にしろ“元々好きではなかった”と言われたあの時、どれだけ私の心を傷つけたか
こいつは本当に分かっているんだろうか。
後悔や反省をして済むようなことじゃない。
とにかく二度と顔を見せるなと言って別れてきた。
店を出る時、友人の「だから無理だって言ったじゃないか」ってのが聞こえた。
スレタイの王道のような出来事だった。

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463: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/09/19(土)20:10:43 ID:KIN
娘が二階から転落した。命に別条はなかったけど頬にざっくり傷が入った。
女の子だし目立つ場所に傷が残るとこれから生きていく上で苦労する。顔の傷を色々言われる娘を思うと涙が出てくる。
そして旦那の過失を私のせいにされるのが辛い。
2歳の娘なんだけど、私が買い物に出ている間、旦那に見てもらってた。
そのあいだに娘は転落。
帰ってきたら娘は病院に運ばれており、自宅周辺はご近所の方々で群がってた。
私に連絡無し、しかも旦那は何故か自宅に残ったまま。
何故一緒に救急車に乗らなかったかも謎だし、何故娘が二階にいたのかも謎。
問い詰めたら、旦那の会社から電話がきて話し込んでいたらしい。二階にいた理由は近くの川を旦那と娘で見るため。
電話しているあいだに娘は転落した。ベランダに出られないように転落防止の策をアレコレ施していたのに。

完全に旦那が悪いんだけど、親戚中から母親である私が悪いと物凄く責められた。ご近所さんにもちょくちょく旦那擁護派がいる。

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347: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/09/16(水)07:54:55 ID:xdf
双子の姉がひき逃げされてから人生が滅茶苦茶になりました。
私は妹の方。一卵性だからよく知っている人間でもない限り見分けがつかなかった。
高校に入ってすぐ姉が部活帰りにひき逃げされた。普段は自転車通学をしていた姉だが、その日は雨の日で親が車で迎えに来るのを校門から少し離れた場所で待っていた。
幸い発見が早く命は助かったけど、入院生活が続いた姉は留年した。犯人は捕まらなかった。
双子だから当然同じ学年だったけど、私が二年に進級したころ姉は不登校になった。部屋に閉じこもったまま泣きわめいて部屋を荒し八つ当たりするようになった。その時罵倒の対象になるのが決まって二年に進級した私で、自分だけ二年に進級したことが申し訳なかった。
母や兄に妹子も留年してやればよかったと言われたことも私のなかでは修羅場。
結局姉は中退。一日中部屋に閉じこもって過ごしていた。
このころから姉はリストカットを繰り返すようになった。最初は私も心配したが、次第にそれが姉のかわいそうな自分を演出するためのパフォーマンスだと気づいた。
三年になって、私は大学進学を希望していたけれど相変わらず引きこもりの姉が私の進学を快く思うはずもなく、ひき逃げに遭って以来姉を溺愛するようになった母と二人がかりで家庭内イジメが始まった。
食事に洗剤混ぜられたり、腐った物を弁当に詰められたり。私の部屋やクローゼットにわざと生ゴミを置いたりしてくれたおかげで私や衣服には腐ったにおいが染み付いた。
そんな部屋で過ごしているので、自分のにおいがイヤで毎日早朝に家を出ては銭湯に行ってから学校に通うようになったけれど、それでも制服についたにおいがとれなくて学校でもイジメを受けるようになった。
受験を控え、連日課外授業を受けていた私に17時門限を強いて、守れるわけもなく連日門限破りの罰と称して体罰をされた。
ストレスで夏休みに入る前には元は50kg台の体重が35kgになっていた。頭にハゲがいくつもできた。
父は仕事仕事で家におらず、電話をしても「忙しい」の一言で切られる。兄は無関心。救いはどこからもなかった。
何もかも嫌になって、姉が何度目になるかわからないなんちゃってリストカットをした日、私は腐ったにおいが充満する自分の部屋で本気リストカットをした。
普通の女の子の握力では手首を切っても大した出血にならないらしい。実際姉のリストカットは薄皮を切る程度ですぐに後も消える。
ただ、私は姉が事故に遭ってすぐに辞めさせられたが、バレー部だったので握力が男の子並みにあった。バスケットボールを片手でつかんで振り回すくらいのことは簡単にできた。
私は見事に動脈をぶった切ったらしい。発見したのが元医療従事者の祖父母でなければたぶん本懐を遂げただろう。神経をやったらしく、私の右手は今でも動かない。(左利きです)
母方の祖父母は遠方に住んでいて、その日は偶々姉を心配して夫婦で訪ねて来ていた。家の中で孤立していた私は知らなかったが。
もっとも私は168cmあるので、35kgはいつ死んでもおかしくないレベルだ。今思えばリストカットをしていなくてもそう遠くないうちに倒れていただろう。
祖父母が私を救急車で病院に運んだ。病室で意識が戻った時、もう何もかもがどうでもよかったので私は何一つ反応らしい反応をしなかった。
精神病院に放り込まれた。正直そのころのことは曖昧でよく覚えていない。覚えていることといえば、ああ平和だな~ってぼんやり思ったことと、面会日に祖父母が来てくれたことだ。
頭がはっきりしたのはそれから随分経ってからだ。医師の適切な治療もあって、35kgまで落ち込んだ私の体重が40kg台になった頃だと思う。
祖父母が面会に来てくれた日に当然ばああああっと、姉がひき逃げされた日から手首を切るまでの日々が頭に浮かんだ。泣き叫んで暴れた。
祖父母は私が家でどういう立場にいたのか知っていた。そのときは知らなかったが、私の戸籍は実家からすでに抜かれ祖父母の養子になっていた。祖父母は母と絶縁し、行き場のない私を拾い上げてくれていたのだ。

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