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935: かわいい鬼嫁ちゃん 2017/10/11(水)09:55:37 ID:LO6
中3のときの教師が神経わからんかった。(会話はざっくりした内容しか覚えてなかったのでたぶん若干脳内補正あります。)長いので2つに分けます。
私は学力には問題ないけど、軽度の書字障害を持っていて小学校の間なかなか鏡文字や書き間違い、象形文字みたいな歪んだ字が直らなかった。
それを克服するために宿題と別に毎日文字を書く練習を母と一緒に10ページやってた。
そのお陰もあって小学校卒業する頃には書き間違いもほとんどなくなったし丁寧にゆっくり書けば、ふつうの字がきれいな子には叶わないけど人に読んでもらえるくらいにはちゃんとした字が書けるようになってた。
先生からも家族からも友達からも「字がきれいになったね!頑張ったね!」って言ってもらえたのが自信になって、中学校に入ってからもその習慣は続けてたし漢字検定を受けたりするようにもなった。
中2の時には2級まで取って学校で表彰されたりもした。
それでもまあ、障害は障害で、決して一般的に綺麗な字でもないし、読めるように書こうとしたら授業のノートを書くスピードとかも遅くて間に合わないことがあったりとかしたから両親から毎年連絡帳で、
「軽度の書字障害がありますが、訓練でほぼ克服しているので日常での配慮は必要ありません。ただ、ノートを取るペースが遅かったりするので、授業中にノートをとれなかった部分の質問などに何度も行くことが多くなると思いますがご了承ください」
くらいの申し送りはしてあった。
中1,中2の時の担任も教科担当もそういう特性は分かってくれて、質問に行ったら授業の黒板とほぼ同じようなことが書いてあるノートを見せながらしっかり教えてくれたりとかして問題なく過ごせた。
で、中3のときによその学校から転任して来た教師が担任になったんだけど、連絡帳を見せたら
「つまり、特別扱いで甘やかしてほしいんでしょ?そんなら障害児学級にいけば?」と言い放たれた。
甘やかして欲しいんじゃなく、他の人も行くような質問の頻度が多いってことですって説明しても「ハイハイ。私は甘やかしたり絶対しないので障害児なら障害児クラスに行ってくださーい。」って言われてあとガン無視。
授業後の質問も、他の子が聞いたことには答えるのに私に対しては、「ノートをちゃんと取ってればわかるんですけど!?ああ、障害者だからとれないんだったね!甘やかしませーん!」とか他の子にも聞こえるように言われたりした。
(職員室の他の先生の目のあるところでは、そういうことは言われなかったけど、忙しいからまたあとでって言われて何回行っても拒否られた)

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469: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/06/30(月)20:30:41 ID:5jsuP3oNG
教員になるという夢をめためたに破壊された修羅場。

中学生の時、国語の授業で意見文を書くというのがあった。教員側が課題として提示したのは「少年法について自分の意見を述べよ」というもの。
私は、少年というだけで「子供だから更正の余地あり。皆で温かく見守りましょう。」みたいに擁護されるのはおかしいし、被害者サイドに「寛大な心で許せ」と我慢を強いる風潮も理解できない。
だから、殺人などの重大な犯罪犯した少年に対して少年法を適用することには反対、みたいなことを書いて提出。

翌日の授業は、初っぱなから教員がブチギレ状態。少年法に対して否定的な意見を書いた生徒だけ起立させられ説教された。
それに対し解せぬと思った私は、フレンドリーな校長先生にこっそり相談。校長先生から注意を受けた教員が、今度は誰が密告したのか犯人探しを始めた。

教員はクラスの生徒一人ひとりにネチネチと絡み、中には泣き出してしまう子もいた。
流石に居たたまれなくなった私は、自分が密告しましたと名乗りを挙げた。そしたら思いっきりビンタされ、怒鳴りあげられた。
すぐに異常に気付いた用務員のおじさんのお蔭で、事が大々的に露見した教員は教職を去ることになった。
私は一連の出来事によるショックから、一時教員全員が信用できない人間に思えて仕方なかった。
フレンドリーな校長先生や他のまともな先生のフォローがなかったら、それこそ道を踏み外して少年法のお世話になっていたかも知れない。

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326: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/06/24(火)12:00:10 ID:0C0TnntRI
俺の嫁は末期癌で死んだ。嫁が死んでから俺はショックと悲しみでダメになりそうだったが、
当時12歳(6年生)の娘がいたから、なんとか頑張らなければならんと思って精一杯頑張った。
娘は嫁が死んでから少々不安定で、心を落ち着かせるためか、嫁の結婚指輪を大事に大事に握っていることがあった。
嫁の指輪は娘には大きく、指に嵌めても無くしてしまいそうだったので、俺はチェーンを買ってやり、
指輪をチェーンに通して首にかけれるようにしてやった。娘は大喜び。俺もなんだか嬉しかった。
娘は学校以外では肌身離さず指輪ネックレスを身につけていた。首にかかる指輪を光らせながら仏壇に手を合わせる姿が心に響いた。

娘が中学2年生のとき、いつもは学校に指輪を持っていかない娘がうっかり首にかけたまま登校してしまった。
娘自身も体育で着替えをするまで気がつかなかったようで、その着替えのときにクラスの女子に指摘されたらしい。
その女子はやたらと「娘ちゃん、校則違反だよ」と言ってきたようで先生に報告。
先生は指輪を没収した。娘は泣きながら母の形見だと説明したようだが、校則は校則だと取り合ってもらえず。
これはうっかり学校に持っていった娘が悪いので、俺と一緒に仕事後に謝りに言った。

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159: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/05/20(火)00:18:37 ID:tJ8UIP81x
吐きだし。長いです。

小学生のころ、3~4年生の間はほぼ毎日修羅場だった。
担任は40歳くらいだったろうか。ヒステリーBBA。依怙贔屓もひどい。以下BBAと記す。
BBAのお気に入りはとことん優遇され、気に食わない奴はみんなの前で最下層の生物扱い。

ヒステリックに騒いだり、怒りポイントがわからないのでビクビク暮らしていた。
子供にとっては恐怖でしかなく、文字通りの恐慌政治が行われていたんだ。
そのなかでも覚えているのが、黒板の得点表。

・黒板の半分に線を引き、班ごとの得点表を毎日書いていた。表を作って貼るんじゃなくて、黒板の半分に毎日書く。
誰それが発言した、+10点。A山(気に入らない)はヘラヘラしてる、-15点。B川は調子悪そうだけど(根拠なし)よく学校きた、+5点。
ちなみに得点の基準は、BBAの気分。

・残りの半分で授業での板書。書くスペースが狭いから、すぐに前のが消されてしまう。追い付けない子は最初はゆっくり書いてくれと懇願。
しかし「気に入らない」との理由でマイナス点をつけられ、重なれば「グズ」と認定され下層組へ。

・4年に進級したころ、BBAは腱鞘炎になった。ただでさえ雑な板書がもっと雑に。
しかし得点表はまめにつける。下層組がなにかやらかしてマイナス点をつけるとき「こんなに手が痛いのに書かせやがって!」と喚く。

・毎日の気分でつけられる得点が積み重なると、小さい表彰状がもらえる。それを10枚集めると大きい賞状。
さらに集めるともっと大きい賞状。しかし下層組は最初の賞状をもらう段階でケチをつけられるので、全然集まらない。
お気に入りの子に大きい賞状を授与すると同時に、下層組の人間性を否定する演説が行われる。

・4年になると、それまで半分だった得点表は3分の2近くにまでなる。ますます板書(略

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676: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/04/29(火)13:56:45 ID:oPXrvJpjc
私は小学生の時いわゆる「問題児」だった。
席に座っていられず教室や廊下を徘徊、喧嘩の際に手が出てしまいケガをさせる、
めずらしく席に座っているかと思えば当てられてもいないのに答えを大きな声で言ってしまうなど教師を悩ませていた。
何回親が学校に呼び出されたかわからない。母は何度も頭を下げていたが、私は何故悪いのか根本的に理解できていなかった。
身体は比較的に小さく、高学年になるにつれ体力的に喧嘩では勝てなくなった。椅子や箒を振り回すようになり、担任一人では対処できなくなり、いつのまにやら副担任が配属されていた。
小6のときの担任が、もしかしたら発達障害では?と母に話そしたという。母はそれを頑なに認めず病院にはかからなかった。

中学生になると、席には座っていられるようにはなっていた。しかし宿題は出さないし、予習復習は一切しない。
テストは悲惨で担任に「高校に進学できないぞ」と怒られたが対して気にしていなかった。
「360Pノート」という1日1ページドリルなどを見てノートに書き込む数学の宿題があったが、通常は1ページにびっしり書くところを私は大きな文字で3問しか書かなかった。見かねた教師が放課後、部活に行かせずに付きっきりで宿題をやらされた。
友人関係は最悪だった。私はペラペラと一方的に喋ってしまうところがあって、更に空気の読めない発言をしていたらしく、嫌われた。
1年の3学期にはもう一人ぼっちだった。自分では何がなんだかわからずひたすら呆然としながら過ごした。
やはり中1のときの担任も「発達障害の疑い」を母に示唆してきた。それでも母は発達障害を疑わず、「この子はだらしがないだけです」と担任に言っていた。
でもこの頃、さすがに「この子は他の子と違う」と思い始めていたようで、ようやく病院に私を連れていった。
診断の結果、「注意欠陥多動性障害(AD/HD)」だった。多動・衝動性が強く、将来お金を稼ぎ始めたら衝動的にお金を使ってしまって貯金ができないタイプと言われたらしい。
私はこの時学校のストレスを和らげる治療と言われて病院に行っていたので、この診断は知らされていなかった。

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