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407: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/04/06(月)22:30:58 ID:NnS
教師の職について3年、ようやっと仕事にも慣れてきた時、一年生から教えてきた生徒が卒業した
田舎の小さい学校で生徒数も2クラスしかなかったから、皆大切な教え子でもう感無量
卒業式のあと、生徒たちが「先生ありがとー」とか「先生の授業眠くなったこと一度もないよ!」とか「先生みたいな教師目指す!」とか、色紙と一緒に色々言葉を伝えてくれた
その流れで私が生徒たちに餞のことばを送ることになった
周りには保護者の方も大勢いた
私の言葉は一字一句正確に覚えてるわけじゃないけど、こんな感じ
「私は君たちと年齢が近いから、学生の頃の記憶は鮮明に残ってる
その記憶を振り返って、私は君たちみたいに、こんなに頑張って全力で学生やれてたかなぁって思うことがある
君たちはホントに立派に頑張った、部活も勉強も、勿論遊びも
私がその姿をしっかりと見てきた
これからは勉強も難しくなるし、出来ることもやることも増えるし、その分責任も増えて、躓くこともあると思う
でも君たち、三年間も頑張れたんだから、乗り越えられないことなんてない
だから、自分を誇って、自信を持って欲しい」
これを聞いた保護者から「学生より努力してない人間が先生をやる資格はない!」とクレームが入った
あの先生には三年生を担当させないで!とか、あんな若いのに努力も知らない人間が先生なんておかしいからやめさせろ、とか

衝撃だったし、3年間でついた自信が崩れ落ちた
春になっても嫌味を言ってくる保護者が何人かいて、私は気を病んで教職を離れた
あの時はホントに自信を喪失していてアルバイトをしても失敗ばかりだった
今は立ち直って塾の講師をしてるし、有り難いことに人気もある
先日第一志望の入学式を終えた卒塾生から「どうしたら先生のような先生になれるる?」と真剣な相談を受けた
凄く嬉しくて、思わず涙腺崩壊するかと思ったと同時に、昔学校で同じ言葉を言われたなぁと思い出したので書き込み

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324: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/04/03(金)14:03:47 ID:tnt
高校の時、体育祭でクラス毎に別々のTシャツを作った時の修羅場
クラスの中からデザイン案を募り、体育委員と実行委員達がいくつか選びクラス内投票して最終候補を決めるのだが
最終候補に残った生徒Aを担任が個人的に嫌いだった(言うことを聞かない、提出物が遅い等が理由)ので却下
担任のお気に入りの生徒Bが描いたデザイン案で勝手に注文書を出してしまった
Bが描いたデザインは、一言で言うと中二病全開
黒地にトゲトゲしい十字架と羽っぽいものと薔薇っぽいものが巻き付いてる絵が背中にデカデカと描いてあった
多少の修正はしてくれるものの、元の絵をかなり忠実にプリントしてくれる業者だったのでバランスは変だし線はガタガタ
胸元にはクラス番号から羽っぽいものが生えてるイラストが描かれていた

届いたTシャツを見て、「うわ…」と何人かが呟いた
男子はかなり露骨で「こんなの着て出るとか無理、俺体操服で出るわ」「俺はもう休もうかなー」とBに聞こえるように言っていた
Bはずっと下を向いていて、担任は素知らぬ顔をしてHRが終わる前に職員室に戻った
当然クラス全員で担任に抗議したが「Bが成績良くてデザインの能力もある事に嫉妬してるのね」と斜め上な事を言われ相手にされず
実行委員が学年主任や教頭に言いつけに行ったが「気持ちは分かるがBも一生懸命描いたんだし…」宥められるだけ
美化委員の子が活動中に花壇を見に来た校長を捕まえこんな事があった、と報告して「担任の自腹でクラス全員へ返金、AのデザインしたTシャツを購入」という措置を取られたのは本番前日だった
Aデザインのシャツが届いたのは体育大会の終わった4日後だった

そして本番当日、休む人こそ出なかったがクラスの殆どがクラスTシャツではなく体操服で出ていた
男子の中にはわざわざ裏返しで着たり、競技中に「だせぇ絵に合わせてもっとださくしたったww」と袖を千切る奴までいた
それを見て怒り狂い怒鳴り散らす担任に実行委が怒鳴り返し、Bは泣きながらトイレに駆け込みその後をAが追い、女子と男子で「いい加減にしなさいよ!」「お前らだってそう思ってんだろ!?」と言い合いが起こり、体育大会が一時中断される程の修羅場になった

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463: かわいい鬼嫁ちゃん 2018/05/05(土)12:59:36 ID:Jw9
中学2年生の修学旅行の修羅場、今でもクラス全員のトラウマ。
一泊二日で日間賀島に行ったんだが、宿の料理がアホか!ってぐらい多い。
一人前が
・蛸のまるゆで1匹
・刺身の盛り合わせ(ふぐ刺し盛るような皿で出された)
・たこのお刺身(こちらも刺身の盛り合わせと同じサイズ、量)
・煮付け2匹
・蛸の唐揚げ(ほぼ1匹分)
・みんなで取り分けるようなサラダボールの海藻サラダ
・ご飯(最初から山盛り)、味噌汁、漬物、全部おかわり自由(という名の強制。誰が自主的にするか)
と、常識的に1人で食べるには無理な量を出された。
当然みんな食べれない。
だが先生と宿の人は「残さず食べるように」と言ってくる。
先生が言うのはまだ理解ができるよ、宿の人はそんなこというならちゃんと食べれる量出してよ。
しかし少食気味の子なんてホントに食べれなかったし、大食い自慢の子だって無理な量。
さらに食べてると「ご飯も食べてね~」って勝手におかわり盛ってくる。
必死にみんな「いいです!」って断っても「食べ盛りなんだから~」と聞きやしない。
とうとう「やめてください!無理です!!」って泣きながら断る子が出てきても、
先生が「ご厚意になんて言い草!」みたいに言ってくる。

しかしみんな限界がきて、一番少食で詰め込まれるように食べさせられてた子が吐いた。
それを皮切りに他の子の分まで頑張ってた男子、なるべくゆっくり食べてご飯攻撃をしのいでた女子、
先生の近くの席で一々監視されてるような言葉をかけられてた男子、おひつの側でご飯の猛攻を最前線で受けてた男子、
そしてその他全員が吐いた。
一度吐くと一気に何もかも出るんだね、飲み込まされて形がわかるご飯、デロデロの海藻、
グチャグチャの刺し身、そんな固形物をあらかた吐き出しても止まらなくて、
みんな胃液しか出なくなるまでその場で吐いたよ。
地獄絵図。
そして先生と旅館の人は呆然と見てるだけ。
やめてって泣いてる子供にご飯やからあげのおかわりは持ってこれるのに、
ゲーゲー吐いてる子供には水の一杯は持ってこれないんだね。

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935: かわいい鬼嫁ちゃん 2017/10/11(水)09:55:37 ID:LO6
中3のときの教師が神経わからんかった。(会話はざっくりした内容しか覚えてなかったのでたぶん若干脳内補正あります。)長いので2つに分けます。
私は学力には問題ないけど、軽度の書字障害を持っていて小学校の間なかなか鏡文字や書き間違い、象形文字みたいな歪んだ字が直らなかった。
それを克服するために宿題と別に毎日文字を書く練習を母と一緒に10ページやってた。
そのお陰もあって小学校卒業する頃には書き間違いもほとんどなくなったし丁寧にゆっくり書けば、ふつうの字がきれいな子には叶わないけど人に読んでもらえるくらいにはちゃんとした字が書けるようになってた。
先生からも家族からも友達からも「字がきれいになったね!頑張ったね!」って言ってもらえたのが自信になって、中学校に入ってからもその習慣は続けてたし漢字検定を受けたりするようにもなった。
中2の時には2級まで取って学校で表彰されたりもした。
それでもまあ、障害は障害で、決して一般的に綺麗な字でもないし、読めるように書こうとしたら授業のノートを書くスピードとかも遅くて間に合わないことがあったりとかしたから両親から毎年連絡帳で、
「軽度の書字障害がありますが、訓練でほぼ克服しているので日常での配慮は必要ありません。ただ、ノートを取るペースが遅かったりするので、授業中にノートをとれなかった部分の質問などに何度も行くことが多くなると思いますがご了承ください」
くらいの申し送りはしてあった。
中1,中2の時の担任も教科担当もそういう特性は分かってくれて、質問に行ったら授業の黒板とほぼ同じようなことが書いてあるノートを見せながらしっかり教えてくれたりとかして問題なく過ごせた。
で、中3のときによその学校から転任して来た教師が担任になったんだけど、連絡帳を見せたら
「つまり、特別扱いで甘やかしてほしいんでしょ?そんなら障害児学級にいけば?」と言い放たれた。
甘やかして欲しいんじゃなく、他の人も行くような質問の頻度が多いってことですって説明しても「ハイハイ。私は甘やかしたり絶対しないので障害児なら障害児クラスに行ってくださーい。」って言われてあとガン無視。
授業後の質問も、他の子が聞いたことには答えるのに私に対しては、「ノートをちゃんと取ってればわかるんですけど!?ああ、障害者だからとれないんだったね!甘やかしませーん!」とか他の子にも聞こえるように言われたりした。
(職員室の他の先生の目のあるところでは、そういうことは言われなかったけど、忙しいからまたあとでって言われて何回行っても拒否られた)

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469: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/06/30(月)20:30:41 ID:5jsuP3oNG
教員になるという夢をめためたに破壊された修羅場。

中学生の時、国語の授業で意見文を書くというのがあった。教員側が課題として提示したのは「少年法について自分の意見を述べよ」というもの。
私は、少年というだけで「子供だから更正の余地あり。皆で温かく見守りましょう。」みたいに擁護されるのはおかしいし、被害者サイドに「寛大な心で許せ」と我慢を強いる風潮も理解できない。
だから、殺人などの重大な犯罪犯した少年に対して少年法を適用することには反対、みたいなことを書いて提出。

翌日の授業は、初っぱなから教員がブチギレ状態。少年法に対して否定的な意見を書いた生徒だけ起立させられ説教された。
それに対し解せぬと思った私は、フレンドリーな校長先生にこっそり相談。校長先生から注意を受けた教員が、今度は誰が密告したのか犯人探しを始めた。

教員はクラスの生徒一人ひとりにネチネチと絡み、中には泣き出してしまう子もいた。
流石に居たたまれなくなった私は、自分が密告しましたと名乗りを挙げた。そしたら思いっきりビンタされ、怒鳴りあげられた。
すぐに異常に気付いた用務員のおじさんのお蔭で、事が大々的に露見した教員は教職を去ることになった。
私は一連の出来事によるショックから、一時教員全員が信用できない人間に思えて仕方なかった。
フレンドリーな校長先生や他のまともな先生のフォローがなかったら、それこそ道を踏み外して少年法のお世話になっていたかも知れない。

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