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179: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/11/06(木)23:36:50 ID:drtJmCS8J
娘が意識不明だと娘の彼氏から突然連絡があったこと。
まさに鳶が鷹を産んだとからかわれるくらい出来の良い娘で遠方の旧帝大にやったんだ。真面目な子で下の妹ズが燕の低空飛行な成績なのを気にして奨学金を借りてアルバイトで生活費を賄い、仕送りは学費だけと親にすればもっと甘えてほしいくらいの娘だった。
彼氏の話は妻に聞いていたが知らん振りした。気に入らんかったからな。
知らない番号からしつこく着信があって渋々出たら娘の彼氏で、なおかつ意識不明でICUにいるという。
驚きすぎると声も出ず思考も止まると初めて知った。まだ俺の両親も健在なのに娘が先に?なんてバカなことだけ考えてた。
妻がいつの間にか電話持ってて冷静に話していた。出掛ける準備も妻がやった。俺は何故かスーツを着ていた。
一番早い飛行機でかけつけて医師に話を聞くと、娘は数日前から異常な腰の痛みに耐えていたが、耐え兼ねて外来で検査したところ腎盂炎の診断で入院となったそうだ。
しかし外来看護師と病棟の受付との連絡がうまくいっておらず看護師と受付で一悶着あったと。
その間に車椅子搬送だった娘の容体が悪化し、慌ててベッドに寝かせると「顔が痛い!足が痛い!腕が痺れる!胸が潰れる!」と泣きながら訴えるも看護師がはいはいとその場を離れ…彼氏が痛いと訴える娘をさすっているとスッといきなり息を止めたという。
ナースコールしてもなんですかあ?という態度。ブチ切れた彼氏がナースステーションまで走り師長を呼んで救命措置をやっととってもらったんだと。
その看護師を八つ裂きにしたくなったよ。医師はどうしてこうなったか分からない、ただの腎盂炎でこうなることはないと深刻な様子。
妻がその看護師を呼ばせると私服で登場。怒りで言葉も出ない俺と唖然とする医師。妻がポツリと言った訴えますが部屋に響いてたよ。
それから一週間も娘は意識不明だったが幸いにも意識を取り戻した。めきめき回復し後遺症もない。
だが訴えないでくれと大金を積む病院から転院先を探すも原因不明の意識不明患者を受け入れる病院は大学病院以外なく、大学病院にも腎盂炎ではお断りされ、結局そこに娘を託すしかない親心が修羅場だった。
看護師はどうなったか知らない。処分はしますと言っていた病院の言葉を信じるしかない。
入院費の他にお見舞いという大金が入ったので娘に渡した。律儀に手を付けなかった娘がその金を元手に件の彼氏を婿に取ると報告にきた今も修羅場。
婿なんかいらんから親より先にいかないでくれ。原因不明のままだったんだから。

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145: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/11/03(月)20:35:39 ID:RiJOFDVCn
iPhoneからなんで改行おかしかったらすんません。
※血なまぐさい話注意。

今年起きた修羅場。
ある日起きたら手足に紫斑と口内に血豆ができてた。
ググった限り、それぞれの症状は自然治癒するらしいけど夜には紫斑が全身に広がり、血豆も増殖。
祝日だったので翌日近所の病院に行ったら、一目で「これは大学病院だね~、ちょっと写真撮らせて~」と言われて写真パシャパシャ。
やべぇ、症状でググったら出てくる感じの撮られっぷり!と思ったのが第一の修羅場。
大学病院で普通よりデカい注射器で採血されて、結果が出るまで帰らないでくださいと言われる。
待ってる間にパン買って食べたら、かじった跡に血が付いてる&うがいして吐き出した水が赤錆みたいな色になってたのが第二の修羅場。
両方とも口内の血豆が破れて出血してたらしい。
一時間半待たされた結果、ショッキングピンクの開襟シャツを身にまとった、やたら顔色の悪くてチャラい先生に「血小板が少なすぎて血が止まらない状態です。今転んだら脳か内臓から出血して死ぬので、このまま入院してください」と言われる。
私より先生の方が顔色悪いです…と思ったのが第三の修羅場。
大学病院にはベッドの空きが無かったので別の病院を紹介してもらい、タクシーで向かいながら、職場に入院することになった旨を電話。上司びっくり。
ちなみに、普段コンタクトで裸眼だと0.1ないので、メガネだけでも取りに帰りたいと言ったけど許可出なかった…
入院先の病院に着いたら、入院・輸血・骨髄検査の同意書に一気にサイン。
「この病気じゃないかなー?って目処は付いてるけど、他の病気でも同じ症状出たりするので、病名確定させるために骨髄検査しますねー」
と言われて骨髄検査。痛い。めっちゃ痛い。なんか分からんけど懺悔したくなるほど痛い。これが第四の修羅場。
骨髄検査の結果、難病指定の疾患だと判明。
治療法の一つに某臓器摘出とあって手術!?となったのが第五の修羅場。
次の日には眼球にも出血して白目が無くなる。東京喰種とバイオハザードが混じった感じの見た目になる。
入院すると同時に生理がきて、血小板が少ないので血が止まらない。
とのくらい止まらないかと言うと、大人用のオムツが1~2時間でダメになるレベル。
出血が多すぎてトイレで意識飛ぶ

気付いたら看護師さん3人くらいが血圧とか計ってる

おお~!ドラマみたいやー(意識朦朧)

車椅子でベッドまで運ばれる

昨日の夜だけで500g出血してたからねぇ…(看護師長さん談)

出血を止めるために流産した人に使う薬を出される

最早何度目の修羅場か分からない\(^o^)/

結局一ヶ月ちょい入院して、今は減薬しつつ仕事にも復帰しています。
症状が目に見えて恐ろしかったので、難病指定だけど病名が分かった時は「ああ、これで対処法が分かるんだ」とすっきりしました。
お医者さんにも「難病指定かかってるけど数値に気を付ければ日常生活は送れるし、子供も産めるよ」と言われてるので本人が一番のほほんとしてます。
幸い痛みなどは無い疾患なので、入院中は見た目ゾンビだったけど穏やかに過ごせました。
薬の副作用で太ったのが現在の修羅場。

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124: かわいい鬼嫁ちゃん 2014/09/13(土)17:15:03 ID:mH9B3TgBS
私は第一子(息子・当時3歳)を20年前に亡くしてる。死因は小児癌だった。
息子の父親である元旦那は病気と闘う息子を見放して捨てた糞野郎だった。
息子の病気が判明するまでは、可愛い可愛いとしつこいくらい構っていたくせに、癌とわかると「ふざけんなよ」と離婚届けを叩きつけて義実家に帰ってしまった。
義実家は口を揃えて「息子が癌になったのは、嫁の陰気なオーラのせい。いつもいつも俯きやがって。こんなんじゃ元気な子は育たない」と詰ってくる。
私が俯くのはお前らのせいだ。不必要に我が家に凸して不平不満を言い、散々食い散らかしてようやく帰る。
旦那は常に義実家の味方だった。それでも私は息子の為だと無理矢理笑顔を作って家事育児をこなしてきた。

元旦那は見舞いにすらこない。
来るのは私の両親だけ。両親は「離婚して戻っておいで。もう我慢しなくていい。息子ちゃんは私達で支えよう」と言ってくれた。
離婚の際、元旦那は提示した額よりも多めの慰謝料を寄越した。
「曲がりなりにもアレは俺の息子。せめてもの情けだ。多めにやったんだから絶対にこちらに関わってこないように」だって。

結局息子は死んでしまった。
私はぽっかり胸に穴が空いてしまって、鬱状態に。
息子が生きていたら買ってあげていただろう玩具やランドセルを揃え、仕事と自宅を行き来する生活を、息子が二十歳になる年まで続けてた。
そんな私を支えてくれたのが同い年の課長だった。彼は片足が義足の人。子供の頃に事故で両親兄弟、足を失った人だった。

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612: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/12/30(水)09:28:04 ID:E2T
旦那が夜中、急に咳き込み始めて、呼吸が止まった。
すぐ救急車を呼んだんだけど、救急車が来るまでの間、旦那が死んじゃうとパニックになり、もう記憶もない。
救急車にのって管に繋がれる旦那、そのまま病院に搬送されて、奥さんはここで待っててと言われて廊下で待った。
旦那の食べたもの、時間、していたことなどをお医者さんに聞かれ、もう訳がわからないまま3時頃に牛丼とポテチとキムチいため、旦那はポテチはのりしお好きなんです、あと漫画読んでて、この漫画は私が勧めたけど旦那はイマイチで、ともう意味不明。
その後気付いたら1人で病院の廊下に座ってた。
三時間たってようやく旦那のところに案内されて、管だらけの旦那が笑ってなんだお前その格好!というのを聞いてわんわん泣いた。
そして改めて自分の服装を見たら、ノーブラでわりとスケスケなTシャツ、パンツ一丁で旦那の革靴履いて、たぶん病院の人が渡してくれたであろう入院患者用のスモックみたいな服をくしゃくしゃにして右手で持ってた。ほんとなんだこの格好。
そして旦那は笑いすぎてまた酸素濃度低下、そのまま入院になった。
そのあと夜中の3時に何でそんなもの食べてるのか、そして埃に気をつけてくださいと掃除の荒さもお医者さんに指摘されて更に恥。
当時共働きで2人とも深夜2時帰宅だったので夕食が3時だった。
夏で暑かったからパンツ一丁で寝てたんだけど、その日からちゃんとズボンを履くようになった。
今でもその病院には行けない。

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691: かわいい鬼嫁ちゃん 2015/07/20(月)01:05:16 ID:Tz5
ではここらで毛色の違う話をひとつ
長くなってしまったので分けます

就職してから最初の夏頃、人生で初めて腰痛になった。
小売業で力仕事も結構させられてたので特に気にせず
「いやー腰痛とか俺ももう歳かなーw」なんて思ってたが
そのうち立っているだけでも痛くなってきたので
とりあえず近所の診療所で見てもらうことにした。
おじいちゃん先生が一人でやっている診療所で、レントゲン撮ってヘルニアだと言われた。
痛み止めを飲んで症状が良くなるのを待つのが良いというので
その通りにして変わらず仕事をしてた。

ところが何時まで経っても痛みは引かず、むしろ酷くなっていった。
痛み止めも効かず、何をしていても痛い。常に腰は曲げっぱなし状態。
新入社員が休む訳にはいかないので、おじいちゃん先生と相談して
胃腸に負担が掛かりやすいが、今までのより効き目の強い薬に変えてもらった。

が、それでも一向に良くなる気配はない。
そのうち薬の副作用か、胃が痛くなり、常時吐き気がするようになる。
食欲もなくほとんど何も食べられなかったので、かなりやつれていたと思う。
自分は必死だったので当時は気付かなかったが、やせ細って腰を曲げながら売り場を歩く様はかなり奇妙だっただろう。
その後とりあえず胃痛だけでも治そうと別の診療所に行くと
やはり痛み止めの副作用だろうということで胃薬を処方された(問診と触診のみ)
痛み止めを減らし胃薬を飲み始めるも、腰も胃痛も吐き気も酷くなるばかり。
腰痛で夜は全く寝れず、胃痛と吐き気で一日にス-プ春雨一杯くらいしか食べられない。

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